2025年11月26日 (水)

Microsoft 365 Copilot の有償版と無償版の違いを検索とナレッジマネージメントの観点で読み解く

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Microsoft 365 Copilot の有償ライセンスと無償で使える Microsoft 365 Copilot Chat との違いが判らないという話をよく耳にします。

そもそも組織としてのナレッジマネージメントをビジネスリーダークラスがきちんと考えたことがあるかどうかという違いは一つ大きな壁としてあるでしょう。

Microsoft 365 Copilot では Microsoft 365 内に蓄積されている様々なコンテンツをもとに応答が生成できます。一方、無償の Microsoft 365 Copilot Chat で得られるのは原則は利用しているモデルが事前学習している範疇までの知識であり、たとえば GPT-5 では2024年9月までの情報しか学習していません。そのため、Copilot はその差を埋めて最新情報なども踏まえるために Bing 検索を使ってインターネット上に公開されている情報にアクセスします。アクセスできるのはあくまでも「公に公開されている」情報までです。しかし、Microsoft 365 Copilot ではMicrosoft 365 内に蓄積されている情報としてファイル、メール、チャットだけでなく、人とのつながり、情報の関連性など様々な付加情報も利用できるのです。

検索の変遷

Microsoft 365 Copilot とは何かについて改めて、「情報検索」をキーワードに説明してみようと思います。

クラウドになってから、キーワード検索は Microsoft Graph + Microsoft 独自AIとして発展してきました。検索に AI の力が添えられるようになったことは、Microsoft 365 管理センターも検索の構成メニューは「検索とインテリジェンス」という名称になっていることからも窺い知れます。

Microsoft Graph とはMicrosoft 365 内のあらゆるコンテンツにシームレスにつないでくれる仕組みです。もともと Microsoft Graph API という API がありますが、これは初期のころは Office 365 Unified API と呼ばれており、Outlook, Viva Engage (当時はYammer)、SharePoint, OneDrive, OneNote など Microsoft 365 内の個別のサービスやアプリにシームレスにアクセスできるようにするための仕組みとしてばらばらになりがちなAPIを統合したわけです。これが基盤となり Microsoft Graph へと発展していきました。 Microsoft 365 内のデータとデータ、ユーザーとデータの「関係性」をグラフ構造としてとらえる “Graph” の概念が導入され、APIの統一だけでなく Microsoft Graph へと発展していきます。ひとと情報の関わりまで踏み込んで情報を得ることができる土台ができたわけです。

こうした基盤が整備されたことで、現在、Microsoft 365 の検索では SharePoint スタートページなどから Outlook, Teams, SharePoint など横断的に検索できるようにもなっています。

キーワード検索とMicrosoft Copilot 検索

従来の Microsoft 365 ではキーワード検索が主流でした。しかし、単なるキーワード検索だとどうしても「検索キーワード」の揺らぎが対応しにくいという課題があります。例えば、「ライオン」でも「百獣の王」でも意味は同じなのにキーワードとしては一致しないのでヒットしない。さらには言語の壁もあります。日本語でも英語でも意味合いが同じなら検索したいところですが、キーワードが一致するかどうかしか判定していない検索ではそれも難しいのです。そもそも日本語などの半角スペースで単語間を分かち書きをしない言語だと、単語分割もうまくいかないこともしばしばあります。どこで単語を区切っていいのかが文脈で異なり、そこを踏まえたキーワードの一致を試みるという仕組みはなかなかうまくいかなかったのです。

ここにきて、検索の仕組みを一変させたのが、Microsoft Graph + ベクトル検索の組み合わせです。Microsoft 365 Copilot が応答に必要な情報取得するために使う検索はベクトル検索がベースとなっています。ドキュメント、文章、単語などすべてをその意味や特徴でそろえた数値の並び(ベクトル)に変換します。これによって意味的に似たデータとして例えば、犬、猫、ペットなどはベクトル空間内で近い位置に配置されます。Copilot への質問もベクトルに変換されます。

Microsoft 365 Copilot のライセンスを持っているテナントでは、メールやチャット、SharePoint のファイルなどMicrosoft 365 に蓄積されているコンテンツに対してセマンティック インデックスと呼ばれる膨大なベクトルが生成されています。ここから質問のベクトルに最も距離が近い(類似する)データを高速で見つけられるようになっています。

つまり従来の検索では不可能だった「文脈の理解」をしたうえでの情報の収集が可能になっているのです。Microsoft Graph による単なるコンテンツの情報だけでなく、そこに関わりのあるコンテンツ同士の関係性やアクセス権限、人とのかかわりなども含めた情報を付加して情報を収集します。

ちなみに、Microsoft 365 では引き続きキーワード検索も行えるためベクトル検索とのハイブリッド検索環境になっています。

Microsoft 365 Copilot 有償ライセンスとセマンティックインデックス

こうした仕組みが使えるのが、Microsoft 365 Copilot の有償ライセンスがあるということです。生成AIは、モデル自身がすでに学習している内容以上の情報は検索できますが、これに加えて有償ライセンスがあれば、組織内の情報もアクセスしてその組織ならではの情報が生成できる。しかし、無償版の場合は、あくまでもアクセスできるのは一般的なWebのみで Bing 検索の範疇までとなります。ネットに公開されていないような情報は取得できないということです。

そして、組織にはさまざまな人が作ったファイルややり取りした会話などが蓄積されていっています。これはその組織内で汗水たらして試行錯誤しながら醸成してきた知恵やノウハウなどです。ものごとの経緯なども含めてたまっている。畑でいえば、それぞれに異なる成分の土壌が醸成されているわけで、この養分が組織の財産であり、先人の知恵を有効活用して後人がさらに新たなナレッジを積み重ねていくことで、その組織ならではの文化ともなっていくわけですね。愛社精神とか従業員エンゲージメントにつながっていく話です。

Microsoft 365 Copilot が利用できれば、セマンティックインデックスが生成される。つまりは、膨大な量の情報を生成AI なら効率よく引き出せる可能性が高まります。無論、データ整備は必要ですが(ごみはゴミ箱にすてるとかそういうことです)。

SharePoint Technical Notes : Microsoft 365 Copilot のセマンティックインデックスとは?

Delve そして Work IQ、Agent 365 

Microsoft はこの Microsoft Graph と組み合わせて独自のAIを開発して、個々のユーザーに最適化したコンテンツを提案していくというコンシェルジュ的な機能を提供していました。「あなたが必要とするファイルは、もしかしてこれではない?」と提案してくれるような仕組みでDelve (デルブ) というアプリとして提供されていました。ただ、このDelve は去年の2024年12月16日をもってシャットダウンされてしまいました。生成AI の登場により、ナレッジマネージメント関連で Microsoft が開発してきた技術はどんどん生成AIベースに置き換わってきている印象があります。以前は、社内版 Wikipedia を独自AIで作らせるような取り組みとして Viva Topics というものがありましたが、Microsoft は生成AIへと大きく舵を取りCopilot へと役割が移管することで、日本語対応は正式に行われることなく 2024年2月にサービスが終了してしまいました。Microsoft が独自に開発してきたAIの一部については、長らく言語の壁も抱えてきたように思います。

Delve がシャットダウンされて、およそ1年後となる2025年11月の Microsoft Ignite 2025では Work IQ が発表されました。Work IQ は、Delve が進もうとしていた方向性を生成 AI を使って再定義した強力な仕組みととらえることもできるでしょう。

Microsoft Graph の強みを生かし、ユーザー自身の仕事(メール、ファイル、会議、チャットなど)を理解して、先回りして様々なタスクなどを提案したり実行してくたりする仕組みです。単なるファイルの提案でなく、「仕事をしてくれる」というところまで踏み込んでいます。Work IQ によって最適なAIエージェントを提案・支援してくれるということにもなるでしょう。

Microsoft はWork IQ は「知能レイヤー」であるとしています。Work IQ は次の3つの要素から構成されています。

  • データ… Graph から取得する組織内の知識(メール、ファイル、会議、チャットなど)
  • メモリー…ユーザーの好み、習慣、業務、人間関係など
  • 推論…データとメモリーを組み合わせて次のとるべきアクションを予測

Graph が提供するデータに推論に特化した生成AIの力を添えて、エージェントがユーザーの文脈、関係性・意図を理解できるようにするわけですね。

少し前までは生成AIは単なる人間みたいな話し相手だったチャットボットだったものが、「ユーザーに変わって仕事をこなしてくれる」というAIエージェントへと進化しました。

現在、Microsoft 365 ではビルトインのエージェントだけでなく、Copilot Studio などを使ったカスタム エージェントや 3rdパーティのエージェントも利用できるようになっています。が、これだけ多くのエージェントがあれば、どんな時にどのエージェントを使えばいいかユーザーが判断しなくてはならいない。ですが、これをそのユーザーの行動などからどんな仕事を日々行っているのかといったことも含めて情報を持っており Work IQは、その場で適切なAIエージェントの提案および実行も含めて面倒を見てくれる。

そしてMicrosoft 365 Copilot ユーザーが様々なLLMモデルを使用した複数のエージェントを安心・安全に使えるように組織として統制・管理し、発見・展開を支援する仕組みとして Agent 365 が登場したわけです。

SharePoint Technical Notes : Microsoft Agent 365 とは?

Microsoft が考えている構想は、実によくできているなと感じます。

ということで、有償の範囲と無償の範囲は、検索を軸にしたストーリーで見るとわかりやすいように思いますよ。無償版で十分という場合は、組織内の情報をうまく再利用するという土壌が醸成されていないか、そういったことを必要とする業務にないのかもしれません。全体最適化の話の一部で、部分最適化ではないので。

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